その1:地理情報と政権を知る
** まずはこれだけ抑えておきたい、ASEAN地域の地理と政治の基本 **
1. 地理条件
ASEAN地域は、南東部をオーストラリア、北部を東アジア、北西部をインドと接しています。ASEAN東部は太平洋に面しており、南西部にはインド洋があります。まずは東南アジアの地図を見てみましょう。
東南アジアの地図 (Maini, 2019)
ASEAN地域は、アジア大陸に属する国と、列島の2つの地域に分かれています。ミャンマー、ラオス、ベトナム、カンボジア、マレーシア西部が大陸に位置し、列島はシンガポール、インドネシア、ブルネイ、フィリピン、マレーシア東部から構成されています。
2. 人口統計
さて、前述の地理情報を理解したところで、次はこの地域に住む人々をみてみましょう。
2.1. 総人口
ASEAN地域の人口は、南アジア、東アジアに次いで、アジアで最も人口の多い小地域の第3位です。世界銀行の2019年のデータによると、10の加盟国で構成されるASEAN地域の総人口は6億6061万7919人となっています。世界第4位の人口を誇るインドネシアが加盟していることがこの数字に大きく関係しています。また、この地域にはインドネシアに加えて、フィリピン(13位)、ベトナム(15位)、タイ(20位)の計4カ国が世界トップ20に入っています。ちなみに日本は11位にランクインしています。ASEANの他の6カ国の中にはそれなりに人口が多い国も少ない国もありますが、これら全ての国の人口があってこそアジア内第3位を誇るASEANの地位を保っています。下のグラフでASEAN地域各国の人口詳細を確認してみましょう。
典拠: 世界銀行
総人口が1億2600万人を超える日本と比較すると、1億人台を突破しているのはフィリピンとインドネシアだけです。しかし、世界銀行のデータによると、2019年までの過去10年間の人口は、各国ともプラス成長を示しています。一方日本では少なくとも過去10年間は人口が減少していますからとても対照的です。これは、ASEAN地域の国々がまだ発展途上にあり、今後も人口のプラス成長に影響を与える可能性があるからです。また、総人口が6億人を超えるASEAN地域は、市場としての価値はもちろん、今後を担う膨大な労働力を提供する存在としても重要です。
2.2. 生産年齢人口
15歳から64歳は労働に従事できる年齢とされており、これを生産年齢と呼んでいます。下のグラフからASEAN地域におけるこの生産年齢人口を見てみましょう。
典拠: 世界銀行
ASEANで最も人口の多い上位5カ国は、生産年齢人口の割合が全く同じ結果になっています。総人口2億7,000万人のインドネシアでは、約67%が生産年齢層に当たります。次いでフィリピンが64%、ベトナムが69%、タイが70%、ミャンマーが68%です。一方、日本の生産年齢人口は2019年時点で59%前後と他ASEAN諸国より明らかに低い結果が出ています。これは日本が何十年も前から少子高齢化と高齢者層の増加という問題を抱え続けていることが原因です。
2.3. 識字率
世界における成人識字率の平均は2018年時点で86.3%でした。しかし、ASEAN諸国の大半が世界平均よりも高い識字率を記録しており、その中でもフィリピンは98.18%(世界銀行データ/2015年)という高さを誇ります。識字率が世界平均を下回っているのはカンボジア、ラオス、ミャンマーのみで、それぞれ80.53%(2015年)、84.66%(2015年)、75.55%(2016年)です。
ASEANにおける成人識字率 (15歳以上の%)
典拠: 世界銀行
3. 労働人口
ASEAN地域は2020年時点、加盟10カ国全体で3億人以上の労働人口を有しています。この地域における労働人口は、インドネシアが最も高く、次いでベトナム、フィリピン、タイ、ミャンマーが上位5位となっています。
典拠: 世界銀行
2010年から2020年までの間、日本の労働人口は伸び悩んでいますが、ASEAN地域ではインドネシア、ベトナム、フィリピン、マレーシアの4カ国の労働人口が増加しています。特にインドネシアでは2010年から2020年までの間に毎年100万人以上の労働力が増加し、目覚ましい成長を見せています。
典拠: 世界銀行
2010年から2020年までの10年間、日本は先進国として上手く雇用政策を運用しています。上図の2010年と2020年の労働市場参加率を比較すると、日本では男女ともに大きな改善が見られます。ASEAN地域における2020年の労働市場参加率平均は、男性が82.36%、女性が64.98%となっています。その中でもラオス、マレーシア、シンガポール、ベトナムでは男女ともに参加率が高まっています。
4. 各国の政権
ASEAN諸国は民族、行政、産業など多様な文化を有しています。それらの多様性に触れる前に、まずはASEAN10カ国それぞれの政権について学んでおきましょう。それ以外の部分については、次回の記事にて詳しく説明します。
a. インドネシア
首相: 大統領
現大統領: ジョコ・ウィドド
• 59 歳。既婚。子ども3人。
• 就任: 2014-2019 (1回目) 2019 (2回目) 任期5年。 1度まで更新あり。
• 現在の政党: インドネシア闘争民主党(中道左派)
家具業界で会社員をしていた経歴を持つ。その後、彼の故郷であるソロ市の市長として政治的なキャリアをスタート。その直後に人気を博し、2012年にジャカルタ知事に選出。2年間知事職に従事した後、2014年にインドネシアの大統領に選出。2019年に再選し現在に至る。ジョコウィと言う愛称でも知られ、謙虚で親しみやすい指導者である。大衆主義者で、軍事的な経歴を持たない人物としても有名である。
b. フィリピン
首脳: 大統領
現大統領: ロドリゴ・ロア・ドゥテルテ
• 75歳。離婚。パートナーあり。子ども4人。
• 就任: 2016年。任期6年。更新なし。
• 現政党: フィリピン民主党・国民の力(左派).
• 国内の麻薬撲滅に尽力したことで国際的に注目を浴びているが、物議を醸した政策がいつくかありながらも急進的な指導者として有名である。人権問題や国際舞台からの圧力があるにも拘わらず、国内の麻薬戦争に勝利した功績から国民に愛されている。
c. ベトナム
首脳: 首相
現首相: グエン・スアン・フック
• 66歳。既婚。子ども2人。
• 就任: 2016年。 任期5年。1度まで更新あり。
• 現政党: ベトナム共産党(左派).
28歳で与党であるベトナム共産党に入党。1993年から政治家としてのキャリアを歩みだす。首相就任前には、政府内で大臣や副首相のような役職に従事。初めて首相に就任したのは、故チャン・ダイ・クアン大統領の下でのことであった。その後、グエン・フー・チョン大統領のもとで現在まで首相を務めている。
d. タイ
首脳:首相
現首相: プラユット・ジャンオーチャー
• 66歳。既婚。子ども2人。
• 就任: 2014年。 任期4年。1度まで更新あり。
• 現政党:無所属
• 18歳で兵役に入隊。軍事に強い経歴を持ち、軍事的な繋がりで権力を築いた。前首相インラック・シナワット氏の軍事クーデターを招いた政治混乱を受け、2014年に首相に就任。その後、2019年の総選挙で再び首相に選出された。
e. ミャンマー
首脳: 大統領
現大統領: ウィン・ミン
• 68歳。既婚。子ども1人。
• 就任: 2018年。 任期5年。1度まで更新あり。
• ヤンゴン大学で地質学を専攻。1985年に高等裁判所、その後最高裁判所で弁護士としてのキャリアをスタートさせた。8888民主化運動後、ミャンマーの下院議員である人民代表院のメンバーとして政治活動を開始。1991年にノーベル平和賞を受賞したアウン・サン・スー・チーの忠誠者として知られる。
f. マレーシア
首脳: 首相
現首相: ムヒディン・ヤシン
• 73 歳。既婚。子ども4人。
• 就任: 2020年。最長任期 5年。更新あり。
• 現政党: マレーシア統一プリブミ党 (右派)
• 24歳で初めて政治に携わる。1995年から2020年まで6つの異なる省庁で勤務し、豊富な経験を持つ。省庁内での最終役職は内務大臣であり、その後、同時期に首相にも任命された。
g. カンボジア
首脳: 首相
現首相: フン・セン
• 68歳。既婚。子ども5人
• 就任: 1998年。 任期5年。更新あり。
• 現政党: カンボジア人民党 (左派~極左)
• 1998年から現在までカンボジア唯一の首相としては最長の在任期間を持つ。約22年間在任し、1987年から1990年には外務省にも在籍していた。その後、所有していたバイヨンテレビというマスメディアを通じて権力を獲得した。
h. ラオス
首脳: 首相
現首相:トンルン・シースリット
• 74歳。既婚。子ども1人。
• 就任: 2016年。 任期5年。更新あり。
• 現政党: ラオス人民革命党 (極左).
• ロシアとベトナムでの学歴を持つ。1987年には外務副大臣、1993年には労働社会福祉大臣、2006年には外務大臣に就任した後、2016年には首相に任命されるなど、政治家としてのキャリアの中でいくつかの重要な役職に就いている。
i. シンガポール
首脳: 首相
現首相: リー・シェンロン
• 68歳。2度目の結婚。子ども 4人。
• 就任: 2004年。最長任期 5 年。更新あり。
• 現政党: 人民行動党(中道右派)
• 首相としては最長の在位期間31年を誇るシンガポール建国の父、リー・クァンユーの息子である。彼の統治下におけるシンガポールは中国、米国、マレーシアと密接な関係を維持している。国会、省庁、軍部を経て、2004年に首相に就任。
j. ブルネイ
首脳: 首相
現首相: ハサナル・ボルキア
• 74 歳。3度の離婚。 12 人の子供。
• 就任: 1984年
• 通称スルタンと呼ばれるブルネイ・ダルサラームの国家元首であり、首相も兼務している。36年間首相を務め、世界で最も裕福な指導者の一人とされている。ブルネイ国防大臣としての経験もある。1967年に英国王室軍を卒業するなど、軍事教育を受けている。
~コラム~
近年、国家間の連携は国際関係において常套手段となっています。ASEANは東南アジア地域の経済成長を加速させ、安定と平和を維持するため1967年に設立されました。「1つのビジョン、1つのアイデンティティー、1つの共同体」をモットーに、他の地域と比べて高い成果を発揮しています。ASEANがこのプラス成長の継続を達成した一方で、東南アジア以外の多くの国がこの地域で影響力持つために積極的に協力関係を築くなど、この地域を取り巻く状況は少しずつ変わってきています。例えば、ASEAN+3の協力関係を見てみましょう。この協力関係は、ASEAN加盟国に中国、日本、韓国の3国を加えたものです。目標は非常にシンプルで、東アジア地域の新勢力として各国の力を結集させることです。この関係は主に、地域内の政治・安全保障協力を維持すること、地域に利益をもたらす経済協力を発展させること、そして社会文化協力を目的としています。
この協力関係ができたことで、上記3つの目的の実施において加盟国間の相乗効果と統合が期待され、例外なくすべての加盟国に利益がもたらされることが予想されます。さらに、この積極的な協力関係は、ASEAN地域が将来より広い地域との協力関係を築く上での良い出発点となり得るでしょう。