その2: 各国の主な経済指標を知る
** 各国の経済規模と状態を、少し掘り下げて理解しよう **
今回は、中南米各国の経済規模や状態がわかる指標を、グラフでご紹介します。日本と比較した全体感も、ご覧ください。尚視点が散ってしまわないように、グラフでは中米やカリブの小国は除いています。また項目によってデータがない国は、省いています。今回は、中南米の全体像をご理解頂くため、中南米一般的にいえる状況を説明します。
1.国内総生産と経済成長率
まず経済指標としてよく使われる国内総生産(GDP)からご紹介します。日本と比較した規模感を、見てみましょう。
典拠:世界銀行データ
国内総生産は、日本のような先進工業国が高いのは当然ですし、ブラジルやメキシコのように人口が多い国は小国よりも高くなります。この数字だけでは各国の生活感はあまりわからないと思いますので、国民一人当たりの国内総生産をまとめてみました。
典拠:世界銀行データ
先進国の日本が高いのは当然ともいえますが、小国のパナマやチリの方が、ブラジルやメキシコよりも高くなっています。
ただこれを見て単純に、パナマやチリの国民一人一人が、ブラジルやメキシコの国民よりも豊かだと考えるのも、現実に即していません。日本のように富がほぼ平等に分配されていれば、国の豊かさは国民ひとりひとりの生活に反映されますが、所得格差が大きい中南米では、一人当たりの平均値はそこそこでも、生活水準が低い層が殆どという場合が多くなります。上のグラフで上位の国では、中産階級の層が厚くなってきていますが、それでも、中南米の富裕層は日本の富裕層よりもずっと裕福ですし、貧困層は日本の貧困層よりもずっと貧しい生活です。これに関しては、今後のレポートの中でもう少し詳しくご紹介します。
次に、各国の経済成長率をまとめてみました。2020年はコロナ禍で世界的に数字が大きく変わるのは必至ですが、コロナ前の状況を描いたものとしてご参照下さい。コロナ以前から経済成長が低迷していた国もあります。
尚参考までに、今年のコロナ下の4~6月期の前年同期比の実質成長率は、ブラジルが▲(マイナス)11.4%、メキシコが▲18.7%、コロンビアが▲15.7%、チリが▲14.1%、ペルーが▲30.2%となっています。
典拠:世界銀行データ
2.インフレ
次に各国のインフレの状況を見てみましょう。
中南米では1980年代にハイパーインフレにまで達する高いインフレ率に苦しんでいましたが、1990年代にはほとんどの国でインフレ抑制を達成しています。
現在のアルゼンチンの高インフレは、通貨の下落(2018年は50%、2019年には30%下落)とも連動していますが、その経緯はここでは省略します。また産油国のベネズエラは、もう統計にも出てこないほどの超ハイパーインフレに苦しんでおり、2018年のインフレは1,700,000%(170万%)、2019年のインフレは7,374%(7千374%)と天文学的な数字を記録していますが、その経緯もここでは省略します。
エクアドルのインフレが低くなっていますが、エクアドルは2000年に自国通貨を廃して米ドルを国の法定通貨として以来、インフレは抑制されています。
典拠:世界銀行データ
3.雇用
各国の、雇用の状況はどうでしょうか。まず失業率を見てみましょう。
典拠:世界銀行データ
ブラジルは2014年から経済危機に陥っていますが、2017年の失業率は12.82%、2018年は12.33%でしたので、2019年は少し改善には向かっています。
人件費が安いメキシコは、主に米国の下請けとしての製造業が発達している為、失業率は低く抑えられています。
しかし、グラフで示されている完全失業率は低くても、中南米では全体的に非正規労働者の比率が高くなっています。企業で正社員として雇用されて社会保険も払っている労働者ではなく、非正規市場や道端の物売り、多くの家庭で使われているお手伝いさん、ペンキ塗りや家のちょっとした修理で生計をたてている人などです。この非正規労働者の割合は、ボリビアでは80%、メキシコ57.7%、アルゼンチン47.2%、ブラジル46%と、どの国も高い水準です。
また全体の失業率は高くて12%台ですが、15歳~24歳までの若年層の失業率は、以下のように高い水準となっています。日本と違って全体的な教育レベルは低いため、15歳からの就労は普通ですが、高齢者よりも若年層が多いきれいな人口ピラミッド型の国が多いので若年層の人口は高く、若者の雇用を吸い上げることは政府の大きな課題の一つとなっています。また中南米では、大学を出ても職がないという問題もあります。
典拠:世界銀行データ
尚各国の最低賃金を米ドルベースで比較すると、以下のようになりますが、最低賃金自体は各国の通貨で設定されますので、為替によって変動します。尚エクアドルは前述通り通貨がドル化されている為、高めとなっています。ドル建ての最低賃金が高くても、その国のドル建ての物価が高ければ、生活水準が高いことになるとは限りません。
典拠:Statista
4.債務
次に、各国の対外債務の状況をみてみましょう。デフォルト騒ぎ常習のアルゼンチンを始め、中南米は借金が多く、債務の支払い能力がないとみなされる場合が多いですが、どの程度の規模で、どのくらい国の財政を圧迫しているのでしょうか。
まず対外債務の金額の規模は、以下の通りです。
典拠:世界銀行データ
これらの金額の、各国の国内総生産に対する割合は、以下のようになっています。
典拠:世界銀行データ
また累積対外債務のうち、保証のない民間債務と、公的保証のある公債の割合は、以下の通りです。
典拠:世界銀行データ
中南米は、一体なぜこんなに対外債務が多いのかは、下のコラムをご参照下さい。
次回は、上記の経済指標の背景となる、中南米の産業構造の概要をご紹介したいと思います。
~コラム~
なぜ中南米は対外債務に苦しむのか
中南米諸国は今から200~210年前に、フランス革命の影響も受けてスペインやポルトガルから独立しました。その際に、独立戦争の為の軍事資金をイギリスから援助されたのが、対外債務の始まりといってもよいでしょう。
独立後、各国の政府は新しい国づくりを始めますが、熱帯のアマゾン地域や、何もない広大な平原、アンデス山脈に、鉄道を敷き、電気や通信インフラを敷設して都市を築くのには、膨大な資金が要るのは明白で、その後も欧米諸国からの借り入れは続きます。そして第一次世界大戦、第二次世界大戦を経て、欧米諸国の経済の浮き沈みの影響を受け、何度も返済困難な状況に陥ります。
近年では、1973年のオイルショック後に、潤沢なオイルマネーの行き先を求めて、欧米諸国がこぞって中南米諸国へ融資を提供し始めました。そして、当時米国の援助を受けて台頭していた中南米の軍事政権は、それを受けて軍事費にあてます。武器の販売者は、欧米諸国です。その後80年代に入って欧米諸国が不況となり、中南米の輸出品目である一次産品の価格が低下して、中南米は返済不能の債務危機に陥ります。欧米の債権国は、貸し倒れとなるデフォルトを避けるため、リスケや色々な条件を付けての再融資を始め、金利の回収でつないでいますが、元金の支払いがなくならない限り、金利は膨らむばかりです。
欧米諸国は、中南米が債務危機や経済危機からなかなか抜け出せず、経済成長につながらない要因として、政治の不安定や、非効率で生産性が低い国営企業が多い点などを指摘しています。確かにそうした改善すべき点はあるものの、上記のような大きな流れをふまえた、別の視点での分析も、必要かもしれません。
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